ストーリー

第17話 四天王 ヒュードラ襲来 -前編-

「ハッハッハッハハッー!オー。ハッハッハッハハッ!オー・・・」

 バラエティに富んだ個体が、思い思いの得物(武器)を持ち、一定のリズムで武術の稽古に励んでいた。

 『守の間』の砂地の広場。モンマルトルでは見慣れた風景だ。そこにジャンの姿があった。

 ジャンはまだ『破の試練』に合格することができていない。通常なら『破の間』で稽古をするのだが1週間『守の間』で稽古したいとアリサに願い出たのだ。

 理由は2つある。1つ目の理由は四天王ヒュードラ率いるモンスター軍の来襲が近いと思われるからだ。

 以前偵察隊がモンマルトルを攻めてきたが、スナイデルやクロ、リーベルらの活躍でいったんは退けた。その退いた偵察隊がヒュードラに情報を持ち帰り、万全の態勢を構築して攻撃の準備を進めているというのだ。

 もちろん『勇気の聖石』だけでなく、ロドリゲスが倒されたことによって『知の聖石』を失ったことも知っているはずだ。

 ヒュードラは一気に3つの聖石を手に入れようとしている。モンマルトルの界隈でモンスターの目撃証言が急増しているのはヒュードラ軍接近の兆候だ。

 リーベルが立ち寄った小さな村に住むおじいさん・おばあさんたちはモンマルトル寺院に避難してもらっている。

 モンスター軍が攻めてくるとしたら、地理的に迎え撃つのはこの広場になる。『破の間』からこの広場は距離があるため、すぐに戦えるこの場所で稽古したいとジャンは願い出たというわけだ。

 そして2つ目の理由は、リーベルが『離の試練』に向かってちょうど半年になるからだ。

 『離の間』である島までは3日ほどかかるらしい。往復6日とすると帰ってくるのは今日か明日のはずだ。リーベルなら無事に帰ってくると信じている。そして帰ってくる場所は地理的にやはりこの広場ということになるのだ。

 ジャンはちらりと左後方坂道に目をやった。そうだ。きっとリーベルはあの坂道を登って元気な姿を見せてくれるに違いない。ウキウキもするが、ドキドキもしている。

「ジャン!全然集中できていないぞ!」

 ジャンの右正面に立つスナイデルから注意された。

「はい!」

「ハッハッハッハハッー!オー。ハッハッハッハハッ!オー・・・」

 こくり。集中し直したジャンを見てスナイデルが満足そうにうなずいた。と、スナイデルの眉がピクリと動くのをジャンは見逃さなかった。スナイデルはジャンの左後方に視線を向けている。もしかして・・・

 ジャンが振り向く前に音が聞こえてきた。

シュゥイィイイイーン・・・。

 低いモーター音だ。この音は聞いたことがある。完全に手を止めたジャンは左後方を振り向いた。

 すると・・・つるりとメタリックな光沢のある機体が頭の方から見えてきた。坂道を登っている。KZ-X・クロだ!そして、そのすぐ後ろに・・・。浅黒く日焼けした少年が笑みを浮かべながら歩いている。!

「リーベルー!!!」

 ジャンは稽古そっちのけで駆け出した。リーベルもジャンに気づいた。

「ジャン!」

 リーベルも駆けた。

ガシッ!

 お互い抱きしめ合った。

「お帰りリーベル!よかった~」

「ありがとう。ジャン!会えてうれしいよ」

「リーベル!よかった、よかったでちゅ!」

 くっぴーも来てくれた。嬉しそうに周りを飛び跳ねている。

シュゥイイイイィーン。

 その横をクロが通り過ぎた。

「ピピピピ」

 目が青く点滅していた。喜びの表現かもしれない。

「リーベル。おかえり。よくやったな」

 スナイデルだ。

「ありがとうございます!スナイデルさんもお元気そうで何よりです」

「おめでとうリーベル。あら?背が伸びたんじゃない?そしてずいぶん精悍な顔つきになったわね」

 アリサも来てくれた。

「アリサ先生!ありがとうございます。クロが、いや、クロ先生が鍛えてくれましたから」

「あらまあ、馴れ馴れしいこと。よほど仲良くなったのかしら」

 アリサが笑った。仲間たち、そしてお世話になった先生たちに会うとホッとする。自分はなんて幸せなんだろう。

 そして・・・アリサが言ったことは図星だった。それは地獄であり、最高の半年だった。

ザン!

「うわー」

 まただ。リーベルが張り巡らせた罠をかいくぐって寝ている所を上空から襲われた。

 リーベルが簡易的に作ったベッドの周りには地中であれ、上空であれ、接近する者がいたら大きな音が鳴るか、上手くいけば縄で絡めとるような罠を仕掛けておいたのだ。

 罠を仕掛けるのは大自然の中で育ち、遊んだリーベルにとっては大の得意分野だ。その罠をどうやってくぐり抜けたのだろう?

 クロは一切の音も立てずに襲い掛かってくる。寝ている時も神経を尖らせているから初撃は間一髪かわせた。が、すぐに戦闘になる。月明りだけが頼りだ。

キィンキインキキキィンキィン!

 強い!出力が落ちずにクロの激しい攻撃が続く。

 リーベルは呼吸法を身に付けている。常人とは比べ物にならないくらい長く、激しい動きを続けられる。しかし当然限界はある。

 一方でクロはロボットだ。無限かと思うくらいの攻撃が続くのだ。表情が読めないのがさらにきつい。手数も多い。防戦一方だ。

「・・・・・・」

 息が切れそうだ。その瞬間。

シュゥイイイィーン。

 にわかに攻撃を止め、あばよとばかりに後退して姿を消してしまうのだ。そして考えられない現れ方をして突如襲ってくる。

 食料を獲っている時も、食べている時も、寝床や罠を作っている時も、寝ている時も、考え事をしている時も・・・。一切気が休まる時間がない。

 これが『離の試練』か。最初のうちはこれが半年も続くのかと絶望を感じていた。しかし次第に考え方のコツを掴んできた。それは

「あそこから出てくるかも?ここからか?」と点で考えるのではなく「戦いとは、生きるとはそういうものだ」と受け入れることである。

 スナイデルが言っていたことだ。当たり前のことだと受け入れると精神的な波の上下が小さくなり、過剰に疲れることもなくなってきたのである。リーベルは一切の言い訳を捨てた。

 ある日のことである。

ガキィイン!キインキキキィンキィン!ボォオウォオー。

 斬撃を受けながらクロが発射する高熱の炎を『気』をぶつけて中和し、受けきった。

シュゥイイーン。

 姿を消そうとするクロにリーベルは

「待って!少し話をしませんか?」

 自分でも不思議な感情だった。なぜ引き留めたのだろう?

シュゥイッ!

 クロが止まった・・・。

ガシン、ガシン。

 ゆっくりと近づいてくる。そして・・・4本ある足を折って腰を下ろすような姿になった。話を聞いてくれるかも!

 リーベルもその場に座った。何をしゃべるか考えていなかったが、自分の生い立ちや両親のこと。友達のこと。これからやりたいことなどを話した。

 クロは話こそしなかったが、時おり目が青く点滅したり、長く点灯したりして、反応があったように感じた。近くでクロをよく見ると、機体の汚れが目についた。と、にわかに

シャキっ

 脚が伸びて立ち上がった。

シュゥイイーン。

 去っていった。

 なんとなくコミュニケーションを取るようになってからも、攻撃の手が止むことはなかった。が、戦った後は、話をすることが多くなっていった。ある日の戦闘の後、リーベルは

「ちょっと待ってて」

 自分のリュックをごそごそとあさり、布と小瓶を出した。ヤシの実から油を抽出して小瓶に入れておいたのである。それを布に浸してクロの機体を拭き始めた。ついさっきまで激しく戦っていた相手をである。

「ちょっと汚れてたから。ヤシから油を取っておいたんだ。思った通り汚れが取れるよ」

 どんどんキレイになっていくクロを見て嬉しそうにするリーベル。

「ほら、こんなにキレイになった!カッコいい!でも誰がクロみたいにカッコいいロボットを作ったんだろう?」

 半ば独り言だったが・・・

「クロ。キャプテン・クロ。が、ツクッテくれた」

「えっ?」

 スナイデルと話をしたのは見たが初めてリーベルと話をしてくれた。その時からである。リーベルに心を開いたかのように、話をしてくれるようになったのは。

 もちろん修行は修行だ。どんな場所、どんな時でも襲い掛かってくる。が、戦いの後は必ずお話をするようになった。

 クロが師範代になったのは自分を作ってくれた「キャプテン・クロ」という友達との約束だそうだ。

「俺の後をお前にお願いしたい。やってくれるか?」

『離の間』の師範代であったキャプテン・クロは自分が新しい旅に出るために後任を務めるようお願いし、このロボットはそれを了承したということだ。

 人とロボットの友情。それはあると信じられた。2人きり(1人+1体)の濃密な時間。リーベルはクロに会うのが楽しみにすら感じていた。いつの間にかお互いのことを「クロ」「リーベル」と呼び合うようになったのである。そして・・・今に至る。

勝ったら第18話へ

ストーリー一覧へ

ABOUT ME
ねじ男爵
子供の頃の私と同じくゲーム好きの息子。小学校の漢字テストで驚愕の点数を叩き出す。ゲーム感覚で学習できたらと「ドラゴンスタディ」を考案しました。ストーリーを一緒に読み進めると楽しいらしく、点数は大幅UP(それだけ余地があったということ)。机に向かう習慣も付きました。興味を持った妻も「まあまあじゃない」と自分の医療系の資格勉強に利用してくれました。(平均)66日で習慣化します。1人でも多くの方が自分の目標を達成できるお手伝いができたら嬉しいです。